「まだ元気だから大丈夫」——そう思い続けて、気づいたら手遅れになっていた。そんな話を、私は身近な場所で何度か目にしてきました。
あなたが今この記事を読んでいるということは、きっと親のことが少し、いや、かなり心配になっているんじゃないかと思います。最近、同じことを何度も聞くようになった。財布をどこに置いたか忘れる回数が増えた。そういう「あれ?」という瞬間が積み重なって、不安が頭から離れない——そんな状況ではないでしょうか。
この記事では、認知症と財産管理にまつわる「知らないと大損する落とし穴」と、「今日から動ける具体的な対策」をまとめました。法律の話が苦手な方も、ぜひ最後まで読んでみてください。
親が認知症になると財産はどうなる?
まず、大前提として押さえておきたいことがあります。
認知症になった瞬間から、財産に関するほぼすべての手続きが止まる——これが現実なんです。
子ども名義に変えようとしても、銀行口座からお金を下ろそうとしても、実家を売ろうとしても、すべてに「本人の意思能力」が必要です。ところが認知症で判断能力が低下した場合、法律上は「意思能力がない」とみなされ、契約行為が無効になる可能性があります(民法3条の2)。
つまり、子どもがいくら善意で動いても、法的には「できない」という壁にぶつかるわけです。
口座凍結はいつ起きるのか
「認知症と診断されたら即座に口座が凍結される」と誤解している方がとても多いのですが、実はそうではありません。
銀行が口座を凍結するのは、「名義人の判断能力が著しく低下している」と判断したとき。具体的なきっかけとしては、こんなケースが挙げられます。
- 家族が銀行に「親が認知症です」と告げてしまった(これが最も多い!)
- 本人が窓口に来た際に、銀行員が言動のおかしさに気づいた
- 家族が毎日ATM限度額いっぱいに引き出す行動を繰り返した
- 介護施設への入居費用のために家族が定期預金を解約しようとした
実は、「うっかり銀行に正直に言ってしまった」というケースが驚くほど多いんですね。善意で相談したつもりが、そのまま凍結という流れになってしまうわけです。
凍結されると具体的に何が困るのか
口座が凍結されると、以下の手続きがすべて止まります。
| 止まること | 具体的な影響 |
|---|---|
| 預金の引き出し | 毎月の生活費・介護費が出せない |
| 定期預金の解約 | まとまった医療費の準備ができない |
| 自動引き落とし | 光熱費・保険料の支払いが止まる(銀行による) |
| 不動産売却 | 施設入居のための実家売却が不可能に |
| 相続対策 | 生前贈与・遺言書の作成も事実上できなくなる |
月々の介護費用の目安は、在宅介護で月5〜15万円、特養などの施設で月7〜15万円程度(施設や地域によって大きく異なります)。これが本人の口座から出せなくなると、家族が立て替えるしかなくなるわけです。
対策は「元気なうち」しか選べない理由
ここが、この問題の最も核心的な部分なんですよね。
認知症の進行具合によって、取れる選択肢がガラリと変わります。
認知症の進み具合と選べる対策
【軽度〜初期段階】本人の意思能力が残っている段階
この段階であれば、以下の対策を「本人の意思で」進めることができます。
- 家族信託契約の締結
- 任意後見契約の締結
- 遺言書の作成(公正証書遺言が安全)
- 生前贈与(年間110万円の非課税枠の活用)
- 銀行への代理人登録
【中〜重度】判断能力が失われた段階
この段階に入ってしまうと、選べるのは「法定後見制度」だけ。家庭裁判所に申し立て、後見人を選んでもらうしかありません。
後見人は家族がなれる場合もありますが、弁護士や司法書士が選ばれることも多く、その場合は月2〜5万円程度の報酬が、亡くなるまでずっと発生し続けます。
「今すぐ動かないと、選択肢がなくなる」——これは脅しでも何でもなく、法律上の現実なんです。
3つの主な対策を比較する
① 家族信託|最も柔軟な財産管理の方法
家族信託とは、親(委託者)が信頼できる子ども(受託者)に財産の管理・運用を「信託」する契約です。
最大のメリットは、認知症が進んだあとも、受託者が自分の判断で親の財産を動かせること。口座凍結も起きません。不動産の売却も、介護費用の支払いも、受託者が全部できるわけです。
費用の目安は、専門家(司法書士・弁護士)への依頼で30〜100万円程度。信託財産の規模や内容によって変わります。
ただし、注意点もあります。
- 本人の判断能力があるうちにしか契約できない
- 身上監護(介護施設への入所手続きなど)は対象外
- 年金口座は信託口口座に移せないため、別途対策が必要
私が聞いたケースでは、「家族信託を設定してから2年後に父の認知症が進んだが、口座凍結も起きず、スムーズに介護施設への入所費用を払い続けられた」という話がありました。設定のタイミングが少し早すぎるくらいでちょうどいい、というのが実感ですね。
② 任意後見制度|本人が後見人を選べる唯一の方法
任意後見制度は、まだ元気なうちに「将来、判断能力が落ちたら、この人に後見人になってもらう」と契約しておく制度です。
公正証書で契約を結び、実際に認知症が進んだ段階で家庭裁判所が「任意後見監督人」を選任。その監督のもとで、指定した後見人が動き出します。
家族信託との大きな違いは、任意後見は介護サービスの契約など「身上監護」も対象にできること。財産管理+生活面のサポートが両方できるわけです。
費用は、公正証書の作成で約1.5万円。後見人が家族であれば報酬は無報酬が一般的。専門家の場合は月2万円前後が相場です。
③ 法定後見制度|認知症発症後の最後の手段
すでに認知症が進んでしまい、判断能力がなくなった場合は、法定後見制度しか選択肢がありません。
家庭裁判所に申し立てを行い、後見人を選任してもらいます。申立ての費用は1〜2万円程度ですが、医師の鑑定が必要な場合は5〜10万円ほどかかることも。
最大のデメリットは、一度始めたら原則として本人が亡くなるまで終わらないこと。そして、後見人として家族以外の専門家が選ばれた場合、毎月の報酬(2〜5万円)が永続的に発生します。
10年間で見ると、その費用は240〜600万円にもなるわけです。
「善意の引き出し」が家族を崩壊させる話
ここは、正直あまり書きたくないのですが、知らないでいると本当に取り返しのつかないことになるので、お伝えしておきます。
親の認知症が始まったあと、銀行に黙ったまま「介護費用のために」と親のキャッシュカードでお金を引き出し続けるケース。気持ちはとてもよくわかります。でも、これが後に大問題になることがあるんですね。
なぜかというと、親が亡くなったあとの相続時に、過去の口座取引履歴がすべて開示されるからです。専門家を通じて遺産分割協議が始まると、「なぜこの期間に毎月30万円が引き出されているのか」という話になります。
介護をしていた子どもの立場では「全部親のために使った」のに、遠方に住んでいる兄弟からは「使い込みじゃないか」と疑われる——そういう家族の崩壊を引き起こしてしまうことが、実際に少なくないんです。
対策はシンプルです。どうしても親の口座から引き出す必要があった場合は、「何のために使ったか」を必ずメモし、領収書を保管すること。そして、できれば引き出した事実を他の兄弟にもオープンにしておくことが、後々のトラブル防止になります。
親への切り出し方|失敗しない会話のコツ
「親に認知症の話を切り出すのが怖い」という声は、本当によく聞きます。
「まだそんな年じゃない」「縁起でもない」と怒らせてしまうんじゃないかと思うと、なかなか踏み出せないですよね。わかります。私も似たような気持ちを経験しました。
ただ、一つだけ視点を変えてみてほしいのですが——近年の調査では、70代以上の高齢者の多くが「子どもに迷惑をかけたくない」と感じているんです。つまり、親御さんのほうも、実は準備をしたいと思っている可能性が高いわけです。
切り出すときの3つのポイント
1. 「終活ブーム」を入り口にする
「最近、テレビで終活の特集をよく見るね」「知り合いが遺言書を書いたって言ってたよ」——こういった社会的な流れを入り口にすると、親も構えずに話に入れます。
2. 「親自身のため」というフレームで話す
「万が一のとき、お父さんが困らないように」「自分の思い通りにしたいなら、今のうちに決めておいたほうがいい」という言い方が、親の自主性を尊重した伝え方です。
3. 一度で全部解決しようとしない
一回の会話で全部決めようとすると、親も子もしんどくなります。「まずは話し合いの場を作る」くらいの気持ちで、何度かに分けて進めるほうが、長い目で見てスムーズです。
今すぐ動くための5ステップ
頭でわかっていても、何から手をつければいいのかわからない——そんな方のために、具体的なステップをまとめます。
ステップ1:まず、親の財産の全体像を把握する
どの銀行に口座があるか、不動産の登記はどうなっているか、生命保険はどこにあるか——これを知らないまま進めようとすると、後で痛い目を見ます。親が元気なうちに一緒に確認しておきましょう。
ステップ2:地域包括支援センターに相談する
お住まいの地域にある「地域包括支援センター」は、認知症に関する相談を無料で受け付けています。介護の話だけでなく、財産管理の相談窓口の紹介なども行ってくれます。まず「どこに相談すればいいかわからない」という段階でも、ここに連絡すれば道が開けますよ。
ステップ3:親の認知機能の現状を把握する
かかりつけ医に相談するか、「もの忘れ外来」(認知症専門外来)に行って、認知機能の検査(MMSE等)を受けてもらうことを検討してみてください。現在どの段階にあるのかを把握することで、取れる対策の幅が決まります。
ステップ4:家族で一度話し合いの場を設ける
兄弟がいる場合、一人だけが動いて「勝手に決めた」という状況を作ると、後々のトラブルになりやすいです。できれば全員が揃う場で話し合うことが、相続トラブルの予防にもなります。
ステップ5:司法書士・弁護士に無料相談を活用する
多くの事務所では初回相談を無料で行っています。家族信託や任意後見の具体的な費用感や手続きの流れを、専門家に直接聞いてみることで「なんとなく難しそう」という壁が一気に下がります。
まとめ|「まだ大丈夫」が一番危ない
一番伝えたいことは、シンプルです。
認知症対策において、「早すぎる」ということはない。でも、「遅すぎる」は確実にある。
元気なうちに動けば、家族信託・任意後見・生前贈与など複数の選択肢の中から「一番いい方法」を選べます。でも、いざ認知症が進んでしまったあとは、法定後見制度という、費用も手間もかかる唯一の道しか残りません。
「縁起でもない話をするのが怖い」という気持ちは、本当によくわかります。でも、向き合うタイミングを先延ばしにするほど、選択肢は減っていくんです。
まずは地域包括支援センターへの相談から、あるいは司法書士事務所の無料相談から——一歩踏み出してみてください。後悔のない選択をするために、今この瞬間が「最も早い動き出しのタイミング」ですよ。
よくある質問
Q. すでに親が軽い認知症と診断されているのですが、家族信託はもう無理ですか?
軽度であれば、まだ可能な場合があります。ただし、専門家が本人の意思能力を確認する必要があるため、早急に司法書士に相談することをおすすめします。診断を受けているからといって、即座に「不可」にはなりません。
Q. 兄弟間で意見が合わず、なかなか話し合いが進みません。
これは本当に多いケースです。全員が揃う機会を作るのが難しければ、家族全員が参加できるオンライン通話から始めるのも一つの方法です。また、専門家(司法書士・社会福祉士)を「ファシリテーター」として交えると、感情的になりにくく、話が進みやすくなることがあります。
Q. 成年後見制度を使うと、本当に終わるまでやめられないのですか?
基本的には本人が亡くなるまで継続が原則です。ただし、後見人の変更は申請できますし、2025年以降は制度の柔軟化に向けた改正の議論も進んでいます。制度の変化に注目しながら、専門家と定期的に状況を確認することが大切です。
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の法的アドバイスではありません。具体的な手続きについては、司法書士・弁護士等の専門家にご相談ください。


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