休日なのに、なんだか落ち着かない。
せっかく時間があるのに、何をすればいいのかわからなくて、気づいたらスマホをながめてぼんやり過ごしてしまった。そして夜になって「今日も何もできなかった」と、ちょっと後悔する。
そんな経験、ありませんか?
わたしはあります。しかも、かなり長い間。「休もう」と思うたびに、どこかそわそわして、体は横になっているのに頭の中ではずっと何かが動いていて……あれ、これって休めてるのかな? と首をかしげるような時間を過ごしていました。
「休み方がわからない」は、決して大げさな悩みじゃないと思っています。むしろ、まじめに生きてきた人ほど、気づいたらそこにたどり着いていることが多いんじゃないでしょうか。
「休み方がわからない」って、おかしいことじゃないんです
休み方って、誰かに教えてもらったことある?
よく考えてみると、わたしたちって「頑張り方」は散々教えてもらってきたのに、「休み方」を教わった記憶がほとんどないんですよね。
学校では時間割があって、授業があって、宿題があって、部活がある。「空き時間に何をしたらいいか」は、自分で考えることすら少なかったかもしれない。
家でも「ぼーっとしてないで何かしなさい」なんて言葉を聞いて育った人も多いでしょう。「休む=何かをしない」というだけで、罪悪感に似た感覚をおぼえてしまうのは、そういうところから来ているのかもしれません。
「頑張ることが当たり前」の空気の中で育ってきた 🌿
日本では特に、「休む=怠けている」という空気が根強く残っています。有給休暇の取得率が他国より低いのも、社会全体にそういう価値観が染みついているせいだとも言われています。
でも、少し立ち止まって考えてみてほしいのです。休み方を知らないのは、あなたがだらしないからじゃない。ただ、誰も教えてくれなかっただけかもしれない、と。
なぜか休もうとすると、不安や焦りが出てくる理由
「何もしていない自分」が怖くなる
仕事や家事や育児や、何かしらやることがある日はまだいい。問題は、「何もしない時間」が急にできたときです。
不思議なことに、その空白がむしろ怖くなることがあります。「これでいいのかな」「何かしなくていいのかな」という感覚がじわじわ出てきて、気づいたら用事を作り始めていたりする。
これ、心理的には「役割がないと不安になる」という状態に近いと言われています。忙しくいることで自分の存在意義を確かめていた、とも言えるかもしれない。少し大げさに聞こえるかもしれないけれど、「動いていないと怖い」という感覚は、けっこう多くの人が持っているようです。
「休むこと=サボり」と感じてしまう心理の正体
産業医や心療内科の先生方の話を聞くと、休めない人に共通する特徴として「真面目・責任感が強い・完璧主義」が挙げられることが多いそうです。
これ、ネガティブな性格じゃなくて、むしろ「よく頑張ってきた人の証」だと思うんです。ただ、そういう人ほど、「まだ頑張れるはず」「もう少しだけ」と、自分の限界を後ろにずらし続けてしまいやすい。
休もうとしたとき、心のどこかに「でも……」が出てくるのは、そういう習慣が長く続いてきたから、なのかもしれません。
オンとオフの切り替え方を、体が忘れてしまっている 😮💨
長い間、忙しい毎日を過ごしていると、オンとオフを切り替える感覚そのものが薄れてきます。「頭を空っぽにする」「力を抜く」が、物理的にやり方がわからなくなってくる。
筋肉を緊張させ続けると、緩め方がわからなくなるのと少し似ているかもしれない。「休めばいいってわかってるんだけど、どうすれば休んだことになるのかがわからない」という人が多いのは、体と心が「スイッチの切り方」を忘れかけているせいかもしれません。
「休む」にはいろんな形がある——一般的に言われていること
寝ることだけが休みじゃない
「休む=寝る」と思いがちですが、身体が疲れているときと、頭や心が疲れているときでは、必要な休み方が違うことがあります。
ぐっすり寝ても疲れが取れない、という人は、もしかしたら「身体の疲れ」より「神経や感情の疲れ」が上回っているのかもしれない。そういうときは、寝るよりも散歩したり、好きな音楽を聴いたり、何かひとつに没頭したりするほうが、かえってすっきりすることもあります。
「受動的な休息」と「能動的な休息」の違い
受動的な休息は、横になる・何もしない・ぼーっとするといったもの。能動的な休息は、軽い運動・好きな趣味・誰かとのんびり話す、など。
どちらが正解というわけでなく、そのときの自分の状態によって、合う休み方は変わると言われています。「寝ても疲れが取れない」という人は、もしかしたら能動的な休息が合っているサインかもしれません。
ことねが気づいた、休み方のヒント
「何もしない」よりも「何かひとつだけする」のほうが休まることもある
正直に言うと、わたし自身「何もしない休日」がどうも苦手でした。ぼーっとしようとしても、何かが気になって落ち着かない。最初は「わたしは休み下手なんだ」と思っていたのですが……
ある日、何となくコーヒーを丁寧に淹れてみたんです。それだけ。ゆっくりお湯を注いで、香りをかいで、ひとくち飲んでみる。たった10分くらいのことだったけれど、それが「あ、今日ちょっと休めた気がする」という感覚につながりました。
「何もしない」って、じつはとてもハードルが高い。何かひとつだけ、自分のためにするというほうが、案外休まりやすいこともあるんじゃないかな、と今は思っています。
「これは休みかな?」と自分に聞いてみる小さな実験 ☕
休み方に正解はないと思うので、いろいろ試してみる「実験」のつもりでやってみるのがいいかもしれません。
入浴後にストレッチしてみた→気持ちよかった。 お気に入りのドラマを1話だけ見た→気分が軽くなった。 近所をぶらぶら歩いてみた→頭がすっきりした。
こんなふうに、やってみて「これは休みかな」と自分に聞いてみる。答えがYESなら、それがあなたの休み方のひとつです。誰かの正解じゃなくていい。
今日から試せる、小さな”休む練習”
10分だけ、何もしない時間をつくってみる
いきなり「一日ゆっくり休んで」は難しい。だから、まずは10分だけでいいんです。
スマホを遠ざけて、予定も考えず、ただ座っているか横になる。最初は落ち着かなくて当然。「こんなんでいいのか」と思いながら過ごしていい。それでも、その10分を「休もうとした時間」として自分に認めてあげてください。
休む練習は、最初はぎこちないものです。でもそのぎこちなさが、少しずつ、ほぐれていきます。🌸
「休んだかどうか」は気分で判断していい
疲れが取れたかどうか、何時間寝たか、何かを達成したか——そういう基準で休みを測ろうとすると、「うまく休めた」という感覚が遠くなります。
シンプルに、「昨日より気持ちが少し軽い」「なんとなくほっとした」でいい。体や心が「ちょっとよかった」と感じているかどうかだけを、判断の軸にしてみてください。
うまく休めない日があっても、それでいい
休み方は、探しながら少しずつ育てるもの
休む練習をしてみても、うまくいかない日はあります。せっかく時間を作ったのに、結局ソワソワして終わった——そんな日も絶対あります。
でもそれって、失敗じゃないと思うんです。「今日は合わなかっただけ」「次は別のやり方を試してみよう」くらいの気持ちでいい。休み方は、一度で見つけるものじゃなくて、少しずつ自分の中に育てていくものだと思っています。
「休めた」と感じた瞬間を、少しだけ覚えておく
一日の終わりに、「今日はこれが気持ちよかったな」という瞬間をひとつだけ思い出してみてください。特別なことじゃなくていい。
温かいお茶を飲んだとき。 窓から空を眺めた15分。 好きな音楽をかけながら洗い物をした時間。
そういう小さな「休めた瞬間」を積み重ねていくと、少しずつ「自分の休み方」の輪郭が見えてきます。
焦らなくていいです。あなたには、ちゃんと休む力がある。ただ、その使い方を、今ゆっくり思い出している途中なんだと思います。🌿
次回は、「なんとなくいつも疲れている気がする——それ、心の疲れかもしれない」というテーマで書こうと思います。休み方の話の延長で、「疲れの正体を知る」ことについて一緒に考えてみたいと思っています。


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