誰かの話を聞いたあと、どっと疲れてしまう——それ、あなたのせいじゃないと思う
友人から「ちょっと聞いてほしいんだけど」と連絡が来る。職場の愚痴、家庭の不満、将来への不安。こちらはちゃんと聞いて、ときには励ましの言葉も伝えて。そのあと、なんとなくずっしり重くなった心を抱えて帰宅する——そんな経験、ありませんか。
相手はすっきりした顔をしていた。なのに自分だけ、夜になってもその話を引きずっている。「私が疲れてどうするの」と自分を責めることもあるかもしれないけれど、それって、あなたが悪いわけじゃないんだと思うんです。
友人の愚痴を聞いたら、なぜか自分まで暗くなってしまった
たとえば、友人が職場でひどい扱いを受けた話を聞く。それを聞いているうちに、こちらまで怒りがふつふつと湧いてきて、帰り道もそのことが頭から離れない。あるいは、パートナーの落ち込んだ様子を見ていたら、こちらまで気持ちが沈んでしまった。
「共感できる」って、ふつうはよいことのはず。でも、度を超えると自分がしんどくなる。そのバランスが、とにかく難しい。
ニュースを見るだけで、心がずっしり重くなる
人付き合いだけじゃなくて、ニュースやSNSにも同じことが起きます。被災地の映像を見て眠れなくなった、知らない誰かの悲しい投稿を読んで一日気分が晴れなかった。画面の向こうの出来事が、まるで自分のことのように胸に刺さる。
こういう感覚を持つ人が、決して少なくないんですよね。
感情移入しすぎるって、どういう状態なんだろう
「共感」と「感情移入しすぎ」は、実は違う
共感というのは、相手の気持ちを「理解する」こと。感情移入しすぎるというのは、相手の気持ちを「引き受けてしまう」こと。この違い、じつは大きいんです。
理解するだけなら、「つらいんだな」「怒っているんだな」と受け止めて、そこで止まれる。でも引き受けてしまうと、相手のつらさや怒りがそのまま自分の中に入ってきて、自分のものとの区別がつかなくなってしまう。気づいたら、自分の感情じゃないものを抱えていた——そういう状態です。
自分の気持ちと、相手の気持ちが混ざってしまう
感情移入しすぎる人は、自分と他者のあいだの「境界線」が薄い傾向があります。心理学的には「境界(バウンダリー)」と呼ばれるもので、これが薄いと、相手の感情が流れ込んできやすくなる。
だからといって、それが「欠陥」というわけではないんです。むしろ、それだけ想像力や感受性が豊かだということでもある。ただ、自分の消耗が激しくなりやすいのも事実で、そこをどう扱うかが、ひとつのテーマになってきます。
どうして自分はこんなに受け取りすぎてしまうんだろう
共感力が高い人ほど、境界線が薄くなりやすい
共感力が高いというのは、相手の表情、声のトーン、言葉の端々から、その人の内側にあるものを敏感に読み取れるということ。5人に1人がこうした気質を持つと言われていて 🌿、「HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)」という言葉で語られることも増えてきました。
この気質を持つ人は、自分の経験や記憶と相手の状況を重ねやすいため、「相手の感情が自分のもの」のように感じてしまいやすいんですよね。
「役に立ちたい」という気持ちが、自分を追い詰めることもある
もうひとつ、思い当たることがあります。感情移入しすぎる人の多くは、「相手を何とかしてあげたい」「役に立ちたい」という気持ちが強い傾向がある。だから、相手の感情を受け取るだけじゃなくて、どうにかしてあげようとする。そのプロセスで、自分のエネルギーを大量に使ってしまう。
でも、他人の感情は、自分の力でどうこうできるものじゃない。頑張っても変わらないとき、自分だけが疲れて残ってしまう——そのくり返しが、だんだんしんどくなっていくんです。
世の中でよく言われる対処法と、ことねが感じた違和感
「距離を置けばいい」——それ、わかってるけど難しい
感情移入しすぎる悩みを検索すると、「相手から距離を置きましょう」「感情を切り離して考えましょう」というアドバイスが多く出てきます。それ自体は間違いじゃないけれど、正直なところ、「そうできたら最初から悩んでいない」と思うことがある。
距離を置くって、大事な人だったら難しい。職場の相手だったら逃げられない。そういう現実があるなかで、「とにかく離れなさい」だけでは、少し物足りない気がしてしまうんですよね。
「感受性を強みに変えよう」——そう言われても、今は疲れてるんです
「共感力は武器です」「あなたの繊細さを活かそう」という言葉も、よく見かけます。それもきっとそうなんだけど、今まさにドロドロに疲れているときに言われると、なんかちょっと、ズレてる感じがする。
まず「今しんどい」という現実を、もう少しだけやさしく扱ってほしい。そっちのほうが先だな、と思う。
感情移入しすぎる自分と、もう少しうまくやる方法
受け取ったあと、「戻す」という感覚を持ってみる
じゃあどうするか。ことねが最近なるほどと思ったのは、「受け取ったあとに戻す」という感覚です。
相手の気持ちを受け取ることはする。それは自然なことだし、やめられない。でも、受け取りっぱなしにしない。「これはあなたの感情で、私は引き受けた」という感覚の代わりに、「受け取って、一度ちゃんと感じて、それから手放す」という感覚を意識してみる。
イメージとしては、差し出されたものを手に取って、でも手の中にずっと握り込まない感じ。うまくいかない日もあるけれど、それを意識するだけで、少しラクになることがあります 🍃
自分の感情に名前をつける習慣をつけてみる
今日できること、ひとつ。
感情移入しすぎる人は、自分の感情と相手の感情が混ざりやすいので、「いま自分が感じているのは何か」をこまめに確認する習慣が、実は助けになります。
簡単でいいんです。「あ、さっきの話を聞いて、私はなんか悲しくなった」「これは怒りかな、それとも疲れかな」と、少し立ち止まって感情に名前をつけてみる。日記じゃなくてもいい、スマホのメモでも、ふっと心の中でつぶやくだけでもいい。
自分の感情を確認するクセがつくと、「これは相手のもの」「これは自分のもの」を少しずつ区別できるようになってきます。
疲れたら「無」になれる場所を持っておく
誰かの気持ちをたくさん受け取った日は、ちゃんと放電が必要です。何も感じなくていい時間、意味を持たない時間——それが回復になる。
お茶をゆっくり飲む、窓の外をぼんやり眺める、好きな音楽を流しながら何もしない。特別なことじゃなくていい。「感じなくていい時間」を、意識的にスケジュールに入れてみてほしいんです ☕
それでも、受け取りすぎてしまうあなたへ
その繊細さは、誰かの支えになっている
受け取りすぎてしまう自分を、「弱い」とか「面倒くさい」と思っている人もいるかもしれない。でも、ことねはちょっと違うふうに思っていて。
あなたが誰かの話を本当に聞いてくれたとき、その人はどれだけ救われたか。表情で伝わってくる微妙な変化に気づいてもらえたとき、その人がどれだけほっとしたか。そういうことが、たぶんあなたの周りにも、いくつもあるはずなんです。
問題は「感情移入しすぎること」そのものではなくて、自分のこともちゃんと扱えているか、そこだと思っています。
まず自分の感情を、ちゃんと扱ってあげる
他者の感情には、ものすごく敏感なのに、自分の感情には意外と鈍くなってしまうことがある。それが感情移入しすぎる人のもうひとつの特徴かもしれません。
まずは、自分が今どんな状態かを知ること。疲れているなら休むこと。悲しいなら、その悲しさを誰かに話すこと。自分自身への優しさが、結果的に、誰かへの優しさを長く続けさせてくれる力にもなる。
受け取りすぎてしまうのは、それだけ感じる力があるということ。その力を、ちゃんと自分にも向けてあげてほしいんです。
あなたは、疲れながらも、誰かの気持ちをちゃんと受け取ろうとしてきた。それは、すごいことだと思う。どうか、今日だけは、自分のことを少し甘やかしてみてください 🌷
次回予告:次回は「誰かと話したあとに「言いすぎた」と後悔してしまう——その感覚と少しうまく付き合う方法」について書こうと思います。


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