つい自分を後回しにしてしまう——セルフケアが苦手な人の話

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「自分のこと、ちゃんとできてる?」

そう聞かれると、なんとなく言葉に詰まってしまいます。できてる気がしない、というか、そもそもそんなことを考える余裕がないというか。

正直、私もずっとそうでした。やることが山積みで、家のこと、仕事のこと、人のことを片付けていくうちに、「自分のケア」はいつも一番後ろに並ばされていた。気づけば夜中で、お風呂にも入れていないし、ごはんも適当で。でもなぜか、それを「しょうがない」と思っていたんですよね。

セルフケアが苦手、という人は、意外と多いんじゃないかと思います。今日はそんな話を、一緒に少し整理してみたいと思っています。🌱


「自分のこと、ちゃんとできてる?」と聞かれると、なんか後ろめたい

お風呂に入るのを後回しにする夜

たとえば、夜。子どもや家族の世話を終えて、ようやく座ったと思ったら、もう22時を過ぎていた。お風呂に入ろうとは思うんだけど、体が動かない。「もう寝てしまおうか」「いや、でも…」と迷いながら、結局シャワーだけ浴びて終わる。

そういう夜、ありませんか?

その「入れなかった感」のあとに、なぜか罪悪感みたいなものが来ることがある。「ちゃんとできなかった」という感じ。でも考えてみると、それって自分を後回しにしているから生まれる感覚なんですよね。

「自分へのご褒美」にちょっと抵抗を感じる

あるいは、こんなこと。「疲れたから、今日は好きなケーキでも買って帰ろう」と思った瞬間、「いや、そんな贅沢していいのかな」という気持ちが湧いてくる。

贅沢、という言葉がポイントで。自分へのケアをすることを、なぜか「贅沢」や「わがまま」と感じてしまう感覚——これ、けっこう多くの人が持っている気がします。


なぜセルフケアが「後まわし」になるのか——心の仕組みを整理してみる

「自分よりも他の人が先」という思い込み

セルフケアが後回しになる一番の理由は、おそらく「他の人を先にしなければ」という習慣です。これは意識的な選択というより、長い時間をかけて身についた「思考の癖」に近い。

誰かに頼まれると断れない。まわりが大変そうなら、自分が我慢する。そういう行動パターンの根っこには、心理的には「断ったら嫌われるかもしれない」という恐れがあることが多いと言われています。自己否定感が強い人ほど、自分を後回しにしやすいとも。

幼い頃に覚えた「我慢がえらい」という感覚

もう少し深く掘り下げると、幼い頃の経験が関係していることも多いです。「自分さえ我慢すれば丸く収まる」という体験を重ねてきた人は、大人になっても同じパターンで動きやすい。「我慢できる子はえらい」「自分のことより人を思いやりなさい」——そういうメッセージを繰り返し受け取ってきた場合、自分を優先することに罪悪感が生まれやすくなります。

これはその人の「弱さ」ではなく、環境の中で自然につくられたものです。

日本社会の「頑張り信仰」も、じわじわ影響している

社会的な背景も、実は無関係ではありません。日本では長らく「自分を犠牲にして働くことが美徳」という価値観が根強かった。休むことへの後ろめたさ、サボっていると思われることへの恐れ、といった感覚は、個人の問題というよりは文化的に刷り込まれた部分もあります。

厚生労働省の調査によれば、日本のメンタルヘルス不調は慢性的な傾向にあり、セルフケアの重要性は近年ようやく職場や学校でも語られるようになってきました。でも「わかってはいるけど、できない」という人は依然として多い。それはなぜかというと、「知識」の問題じゃなくて、「許可」の問題だからかもしれません。


セルフケアをしようとすると、なぜか罪悪感が出てくる不思議

「こんなことしてる場合じゃない」という声

セルフケアをしようとするたびに、心の中から声が聞こえてくる気がします。「こんなことしてる場合じゃないでしょ」「もっとやることがあるでしょ」と。

のんびりお風呂に浸かっている最中に、翌日のタスクが頭をよぎる。好きなドラマを見ていても、「この時間、もっと有効に使えたんじゃ」と思ってしまう。なんとなく、自分を休ませることが”悪いこと”みたいに感じてしまう。😔

これ、たぶんかなり多くの人が経験していると思うんですよね。

ケアするほど、自分がわがままに見えてくる

面白いことに(というか、しんどいことに)、自分をケアしようとすればするほど、「自分はわがままなんじゃないか」という気持ちが強まる場合があります。

「ちゃんとしていない自分には、休む資格がない」という思い込みが、どこかに隠れていたりする。自分を大切にしようとすること自体に、すでにハードルがある——そういう状態の人は、セルフケアの方法を知っても、なかなか実践できないんです。だから、まず必要なのは知識じゃなくて、「自分をケアしていい」という小さな許可なのかもしれません。


「自分を大切にする」って、実は難しいことじゃないのかもしれない

「セルフケア=大げさなもの」という誤解

セルフケアと聞くと、なんとなく「ヨガをする」「瞑想する」「スパに行く」みたいなイメージが浮かぶかもしれません。でも、実際はもっとずっとシンプルなものだと私は思っています。

厚生労働省がメンタルヘルスのセルフケアとして挙げているのは「気持ちを紙に書く」「ゆっくり呼吸する」「早めに寝る」など、特別なことは何もない。要するに、“自分の状態に気づいて、少しだけ対処すること”——それがセルフケアの本質だと思います。

5分、ひとりの静かな時間だけでいい

だから、5分でいいんです。誰とも話さず、スマホも見ず、ただお茶を飲む5分。窓の外を眺める3分。そういう時間に「自分の状態を確認する」だけで、たぶん全然違う。

それはサボりじゃないし、わがままでもない。自分を動かし続けるための、小さなメンテナンスです。


今日からできる、ことねの小さなセルフケアのヒント 💡

まず「自分は疲れている」と口に出してみる

最初の一歩は、認めることです。「なんか疲れてるな」と感じたとき、それを無視せずに「疲れているんだな」と口に出してみる。声に出さなくてもいい。心の中で「ああ、私、けっこうがんばってたんだな」と思うだけでも、少し違います。

感情を認識することは、心理的には「感情のラベリング」と呼ばれていて、ストレス反応を落ち着かせる効果があるとされています。難しく考えなくていいんです。「疲れた」「しんどい」と認めること自体が、もうセルフケアの始まりです。

“何もしない時間”を予定に入れてみる

「時間ができたら自分のことをしよう」では、たぶん永遠に時間はできません。意図的に入れないと、自分の時間はいつも一番後ろに並んでしまう。

なので、スケジュール帳に「何もしない時間」を書いてみるのをおすすめしています。30分でも、15分でも。ポイントは「何かをするための時間」ではなくて「ただいる時間」として確保すること。予定として書いてしまうと、なんとなく守りやすくなります。

自分をこき使いすぎていないか、週に一度だけ確認する

毎日振り返るのは大変なので、週に一回でいい。「今週、自分のために何かしたかな」と確認する習慣を持つだけで、気づけることが増えます。

「今週は何もできなかったな」でも、気づけたことが大事。気づけたなら、来週の自分へのヒントになります。できなかったことを責めるのではなく、「次はちょっとだけ」という気持ちで続けていく。それで十分だと思っています。🍵


最後に——自分を後回しにしてきた分だけ、ちょっと優しくしてあげていい

疲れているのは、頑張ってきた証拠

セルフケアが苦手な人は、だいたい「頑張りすぎている人」です。人のことを考えて、仕事も家庭も一生懸命こなして、それで疲れ果てている。

疲れているのは、弱さじゃなくて、ちゃんと走ってきた証拠。そう思うと、少し違って見えませんか。

「自分が満たされていると、まわりにも優しくなれる」という話

飛行機の緊急案内で「まず自分の酸素マスクを着けてから、他の人を助けてください」という言葉がある。これ、日常生活でも同じだと、最近しみじみ感じます。

自分が枯渇した状態で誰かのことをケアしようとすると、どうしても余裕がなくなる。逆に、自分が少し満たされていると、周りへの余裕が生まれてくる。だから、自分をケアすることは、まわりを大切にすることにも、つながっているんです。

自分を後回しにしてきた時間の分だけ、少しずつ取り戻していけばいい。急がなくていい。今日、ほんの少しだけ自分の番にしてあげることから、始めてみませんか。 🌸


次回は「なぜか”休み方がわからない”と感じるのか」について書こうと思います。「休んでいても休んだ気がしない」「オフの日にも罪悪感がある」という話、次回ゆっくり整理してみますね。

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