自分のことが好きになれない。
そう感じたことがある人、きっとたくさんいると思います。はっきり「嫌いだ」というほどでもないけれど、なんとなく自分に自信が持てなくて、鏡を見るたびにため息をついたり、夜になるとひとり反省会を始めてしまったり。
「もっとこうだったらいいのに」「あの人みたいになれたら」——そんな気持ちが、じわじわと積み重なっていく感覚、わかります。
この記事では、そういう気持ちをなくそうとするより、まずそのままにしてみることを一緒に考えたいと思っています。答えを押しつけるつもりはないので、肩の力を抜いて読んでもらえたら嬉しいです。
「自分のことが好きになれない」——そう感じるの、あなただけじゃないと思う
夜、ひとりになるとひどくなる感覚
日中は仕事や家事に追われて、あまり考える暇がない。でも夜、布団に入った途端に「今日もああすればよかった」「なんであんなことを言ってしまったんだろう」という考えが浮かんでくる——。
そういう「夜の反省会」、経験したことがある人は多いんじゃないでしょうか。
自分のことが好きになれない感覚って、実は静かな時間にこそ顔を出してきます。誰かと話しているときは気にならないのに、ひとりになった瞬間に「やっぱり自分はダメだな」という気持ちが戻ってくる。なんというか、しつこいんですよね 😔
日本人に多い、という話
これは余談みたいな話なのですが、内閣府が以前調査したデータで、日本の若者は他国と比べて「自分に長所があると感じている」割合が著しく低いという結果が出ています。「自分を好きになれない」という感覚は、決して珍しいことではなく、日本社会の中ではある意味「普通」とも言えるほど、多くの人が感じていることみたいです。
だからといって「みんなそうだから仕方ない」で終わらせたいわけじゃないけれど、あなたが特別に欠陥があるわけじゃない、ということはまず言いたかったんです。
なぜ自分のことが好きになれないんだろう
理想の自分と、今の自分のギャップ
「こういう人間でありたい」という理想を持つこと、それ自体はとても自然なことです。でも、その理想と今の自分のギャップが大きくなればなるほど、「なんでこんなにできないんだろう」という気持ちも大きくなっていきます。
完璧主義な人ほど、このギャップに苦しみやすい傾向があります。「80点の自分」を認められなくて、100点じゃないと満足できない。そして「80点しか取れなかった私はダメだ」という結論に飛びついてしまう。
でも、そもそも100点の自分って、本当に存在するんでしょうか。
「他の人はちゃんとできてるのに」という呪い
SNSを開けば、誰かの充実した日常が流れてきます。仕事もうまくいって、人間関係も良好で、毎日楽しそうで——。
今思うと、あれって、それぞれの「一番いい瞬間」だけを集めたアルバムなんですよね。でも毎日見ていると、「みんなこれが普通なのか」と感じてしまう。そしていつの間にか「他の人はちゃんとできてるのに、私だけ」という気持ちになっていく。
比べる相手が多ければ多いほど、自分の「普通」がどこにあるかわからなくなっていく。これが現代の難しさだと思います。
子どもの頃に刻まれたものが関係していることも
心理学的には、自分への評価のベースは幼少期の経験に影響を受けることがあると言われています。「もっとちゃんとしなさい」「お兄ちゃん(お姉ちゃん)を見習いなさい」という言葉を繰り返し聞いて育った人は、大人になっても「今の自分はまだ足りない」という感覚が染みついていることがあります。
もしかしたら、「自分のことが好きになれない」の根っこには、ずっと昔からあるものが混じっているかもしれません。それを一気に解決しようとするのは、なかなか難しいことです。
「自分を好きになりなさい」という言葉に、違和感を感じたことはある?
無理に好きになろうとすると、逆効果になることがある
「自分を好きになれない」と悩むと、よく「自分を好きになりましょう」「自己肯定感を高めましょう」というアドバイスが返ってきます。わかる。わかるけど、それがすぐにできたら悩んでないよ、とも思いませんか?
正直に言うと、無理に「好きになろう」と頑張ることで、「でもやっぱり好きになれない……やっぱり私はダメだ」という新たな自己否定が生まれてしまうことがあります。「自分を好きになれない私」をまた嫌いになる、という二重の苦しさです 😞
「好き」じゃなくて「ありのまま」でいいんじゃないか
ここで少し視点を変えてみたいんですが——「自分を好きになること」と「自分をありのままに認めること」は、実は別のことだと思っています。
嫌いな部分も、うまくいかない部分も含めて「そういう自分がいる」と認める。それが自己肯定のスタートで、必ずしも「好き!」という感情に変えることが目標じゃないのかもしれない。
「好きじゃないけど、まあいるね」くらいの感覚から始めてもいい。それだけで、ちょっと楽になることがあります。
ことねが感じてきたこと——「好きじゃないけど、まあいいか」の話
昔の私も、自分のことが好きじゃなかった
少し個人的な話をさせてください。
私はずっと、自分のことが得意じゃありませんでした。何をやっても「もっとうまくできるはずなのに」と思ってしまうし、他の人と比べては「あの人はいいな」と思うことばかり。頑張っているつもりなのに、どこか満たされない感じが続いていました。
転機になったのは、あるとき友人に言われた一言です。「ことねって、自分に厳しすぎない?」と。そのときは「えっ、そうかな」としか思えなかったんですが、後になって振り返ると、確かにそうだったんですよね。他の人には「そんなことないよ、十分やってるよ」と言えるのに、自分には絶対に言えない。
転機になった、ある小さな気づき
それから少しずつ意識するようにしたのが、「自分を友達だと思ったら、どう声をかけるだろう?」という問いでした。
友達が「今日もうまくいかなかった」と落ち込んでいたら、「そんなことないよ、よく頑張ったじゃない」と言うはずです。でも自分には「なんでこんなこともできないの」と言う。その非対称さに気づいたとき、「あ、私、自分に対してひどいな」と思えたんです 🌱
好きになれたか、というと、今でも自信を持って「好き!」とは言えないかもしれません。でも「まあ、こういう人間なんだよな」と思えるようにはなってきた気がします。
今日からできる、ちいさな一歩
自分に「よくやったね」を言う練習
今日から一つだけ試してみてほしいことがあります。
寝る前に、今日できたことを一つ思い出して、「よくやったね」と心の中で言ってみること。大きな成功じゃなくていいです。「ちゃんとご飯を作った」「返信が遅れていたメールを送れた」、そのくらいで十分です。
最初はちょっと照れくさくて、「そんなことで……」と思うかもしれません。でも続けると、小さな「できた」を見つける習慣がついてきます。
嫌いな自分を「なかったこと」にしない
「この部分が嫌だな」と思ったとき、見ないふりをするより、「そういう自分もいるよね」と認める方が、実はラクになることがあります。
嫌いな部分を押し込めて隠そうとするエネルギーって、意外と消耗するんです。「ある」と認めてしまった方が、不思議と力が抜けることがあります。
比べる相手を「昨日の自分」に変えてみる
誰かと比べるのをやめるのは難しい。でも比べる相手を変えることは、ちょっとだけできるかもしれません。
「先週の自分よりも、これが少しできるようになった」「去年の自分なら、こういうとき全部投げ出してたけど、今日は踏ん張れた」——そんなふうに。縦の比較(過去の自分との比較)に切り替えるだけで、見える景色が変わってくることがあります ✨
自分のことが好きじゃなくても、大丈夫
「好き」でなくても「大切にする」はできる
自分のことが好きじゃなくても、ちゃんとご飯を食べて、体を休めて、好きなものを楽しんで、自分を大切にすることはできます。
「好き」という感情は、無理に作り出すものじゃないかもしれない。でも「大切にする」という行動は、今日から選べます。感情より先に行動を変えると、感情の方がついてくることがある、というのが私の実感です。
まず、今日一日だけ
「自分を好きになれない」という悩み、すぐに解決しようとしなくていいと思います。
まず今日一日だけ、自分に少しやさしくしてみる。それだけでいいんじゃないかな、と私は思っています。
自分のことを好きになれなくたって、あなたにはちゃんと価値があります。好きじゃないのに今日も頑張ってる、それだけでもう十分すごいことだと思うから。
次回は「人の目が気になってしまう」という気持ちについて書こうと思っています。「自分のことが好きになれない」とも少し重なる話なので、ぜひ読んでもらえると嬉しいです。


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